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エピローグ 自殺するなんてカッコ悪いよ(ハラさんの自殺をきっかけに日本の自殺問題を考察するその3) 

2019/12/01
メンタルヘルス関連時事問題 0

日本人が自殺をやめない本当の理由

(日本人の自殺に対する誤った認識)

  最も重要なことをいいます。日本には、土壌に“自殺を許容する文化”があります。更にいえば、自殺を美化するところさえある。と思います(言わば、周囲に惜しまれ、多くの人の同情を得て、悲劇の中亡くなってしまった人。というように思ってもらえるだろうという誤解)。

(自殺はかわいそうなことでも、悲しむべきものではない)

  自殺は絶対にいけないことなのです。殊に異質な日本人の自殺に対する病んだ認識をもつ日本の自殺対策に真に必要なものは、自殺対策基本法のような、個人や法人、自治体を規制するレギュレーションではなくて、意識の改革なんです。自殺は絶対にしてはいけないこと。すべての人の意識がそのように変わってほしいというのが、目指すところではないでしょうか。

  何故なら、一人の人間の自殺が一度起こると、残された家族や友人にとても悪い影響を与えることになります。最低でも6人に回復不可能な深刻な精神的ダメージを与えるという研究結果があります。


  考えてみてください。自分の家族が自殺をしたら、どれだけ衝撃を受けるか。それは仲の良い友人でも同じ。自殺は絶対にしてはいけない。どんな理由があってもです。

  人が人を殺めたり傷つけることが犯罪であるように、人が人に回復不可能な深刻なダメージを与えることが許される権利などないのです。許されることのない、言わば他者の精神の殺傷なのです。自殺する者は、悲運に囚われ、多くの同情をかい、周囲に惜しまれて悲しまれ死していく美しい者ではありません。

  いかなる理由があれ、他者を殺傷するものが許されざる犯罪者であると同様に、いかなる理由があれ、自ら死す者は犯罪者なのです。

(免罪符として使われる自殺の卑怯)

  バブル崩壊後、また2000年前後の平成の大不況期、自営業者や中小零細企業を倒産させた社長が責任を取って自殺するという事案がたくさん発生してしまいました。

  一見、これ以上ないほどの責任を果たしたように思えますが、冷静に考えれば、その社長は全く責任を取る行動をしていません。本当に責任を取るのであれば、新たな事業を起こすなどして会社を生かすか、社員の就職先を探すといった行動をするべきです。全てを放棄して自殺するなんて無責任ではないですか。

  例え莫大な負債を負って倒産した場合でも、日本では、会社更生法や破産手続などのやり直す救済措置があるのですから、全ての生きる道を閉ざされるということはないのです。

  しかし、前記のとおり、日本においては“責任を取って死ぬ”という文化が成り立っているのが現状です。本当は責任を取ってではなく、やり直す気力がない。若しくは恥をかきたくないなどが本心ではないのでしょうか。

  日本では、大衆の心理は人が死ぬことで、態度ががらりと変わるわけです。日本には、誰かが自殺者に対して同情する文化があるでしょう。極論すればそれは、自殺したことを認めてあげるような態度です。つまり、生前の行い全てに対して、自殺することで罪は償われ免罪符を手に入れることができます。

  たしかに、日本では著名人や芸能人の自殺があったとき、多くの同情の声が集まります。そんな文化的背景が影響している日本の自殺問題は他国の自殺問題とは全く異質の、人間の生存という当然に認められた自然権をくつがえす以上に根深い問題と言えます。

  しかし、法人について社会には救済措置があるように、個人においても同様に全ての道を塞がれるというかとはないのです。生活保護制度や、障がい者年金、雇用の面でも法人に特別枠を設ける法的義務があり、働く場所がないということはありません(もちろんセーフティネットはいまだ完全なものではないので、賃金が安いことや、希望の職と違うなどといった不満をもつことはあるかもしれませんが。)。

  このようなことから、日本人の自殺対策に今必要なものは、社会において新たな制度を設計することも大事ですが、もっとも優先して取り組むべきことは、個人、大衆、社会、世論の意識の改革なんです。繰り返し述べますが、他者を傷つける絶対にしてはいけないという認識をもつことと、自殺に対してもたれている意識の改革なのです。

精神や身体が病んで辛ければ休めばいいだけです。自ら死ぬことは、これは絶対悪であり重い罪なんですよ。

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