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強迫性障害を克服した時に手にしていたものの全て

2019/12/12
強迫性障害について 0


  7歳になった時から、発症が始まりました。最初はクラスの友達に何か自分の一部がくっついてしまっていて、私は回収したいのにできないという気持ちから、何度も友達の手を見せて、触らせてもらう行為が止められなくなりました。何故止められないかといえば、自分の一部が自分から離れて行って友達にくっついていってしまうと、とてつもない後悔や思い悩む恐怖で頭がいっぱいになってしまって止められませんでした。

  実は、もっと前から発症していたのかもしれません。近所の友達のうちに忘れたオモチャを見つけられなくなり、何度も友達のうちに遊びに行っては、探索していました。

  まあ、そんな訳でこれでは学校に行ってたくさんのお友達に囲まれて生活するなんてできたものではありません。そして、5月くらいから登校拒否を始めました。無論家族はみんな動揺していましたよ。母は心配性ですし、父は教員でしたからね。余計です。

  次第に病気は悪化して、自分のチリぼこりほどの一部を、外でくっつけてしまったり、道路に落としてしまったような気になると、もう止まりません。確認して、また心配になって引き返して確認して、手で道路や壁を何回も触って確認してみる。これがまた止められないのです。手当たり次第でしたよ。エレベーターの手すりから、お店の入口、トイレの便器、見知らぬ他人の服のどこかなど。

  母は、私を精神病院に連れて行ったり、教会で霊感の強い婆ちゃんに診せたりと。
それで、ある時その行為が母親にまで及んだんですよね。その時は子供ながらに絶望しました。子供ながらに、これでは生きていけないと思ったんでしょうね。また、病気は改善しないまま半年以上は過ぎてしまいました。

  ある朝、ぼくは母が洗濯機の前で涙を流している姿を見てしまいました。「お母さん、どうしたの?」と聞きましたが、母からの答えはありませんでした。

  それで、目が覚めましたね。このままじゃいけないと。この変な病気を治さないといけない。絶対に普通の子供に戻らないといけないと思いました。

  後に振り返ると、この時の衝撃と強い意志が、強迫性障害克服の一番の薬になったのだと思っています。それからは、強迫観念に襲われると、母の涙や、あの時の決断を思い出しました。それが、強迫観念を上回ってきたように感じました。次第にその強迫観念に対処する心のコツを身につけていきました。それと、開き直りもありましたね。強迫観念に対して、どうにでもなれという。

  そこから寛解までは早かった気がします。最終的には一年で、学校に行けるようになりました。開き直りと強い決意をもつことを覚えたあの頃の少年の私は強かったと思いますよ。3年生になった時は、ガキ大将でしたし(笑)
そんな次第です。

  その頃は、精神病院に行ってましたが、出されていた薬は精神安定剤だったと思います。その頃、強迫性障害は珍しいもので医師も治療方法を知らなかったのでしょうかね。パキシルとかが有効なのは比較的最近のことですからね。
しかし、霊能力者の婆ちゃんに、その薬は飲まなくていいと言われていたので、結局飲みませんでした(笑)。飲んでも全く効果はありませんでしたし。

  このような訳で、私は精神医学領域において、西洋医学の限界点を知っていました。ですから、母の愛や、自分で自分の病気に負けないと思う決意が精神疾患に対しては一番有効なのだと信じています。大人になってからは、図太くなり過ぎてすっかり忘れてしまいましたが。(笑)

  結局、精神疾患は決意が特効薬だということを申し上げたいです。気合いではありませんよ。決意です。

  ちなみに、服薬治療は否定しません。頼るべきものだし、決意はファンダメンタルなことで、意志の力には波もあるし日々変動による強弱もありますからね。

  ただし、最後は「絶対負けない。」「克服するという決意」です。薬や体調の変化に全て委ねてしまっては永遠に治りません。絶対的に必要な武器無くして素手で戦って、気持ちだけで勝てる相手ではありません。

   
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